日本から移住した私が衝撃を受けたのは、公的医療保険の加入が義務ではないということ。今となって思えば、日本の制度的に「加入」と考えるから違和感があるけれど、構造は至ってシンプル。例えば落とし物をして警察の”サービス”を受けるのに代金を支払う必要がないように、体の不調をきいてもらうサービスに代金を支払う必要はないのです。加入するという概念がないのがスペインの公的医療制度(Seguridad Social - 通称SS)です。義務でなければ誰が支払うのかというと、平たく言えば仕事のある人です。仕事がある=収入がある。収入がある人は日本と同じように、給料から天引きされます。収入がない人はというと、払う義務がないのです。払っていないからといって、医療制度を利用できないわけではありません。日本のように、制度を利用したら全額負担する、というわけでもありません。払っていなくても、払っている人と同じように無料で制度を利用することができるのです。随分不公平な制度だと、移住当初は理解に苦しみましたが、人生を生きる上での基本的なサービスである医療を受ける機会が万人に与えられているというのは、結局は良い制度であると思います。何より、老後の心配をしなくてよいという点を考えると、制度を支持したいと思えてきます。実際のところ、わたしもそうでしたが日本では将来への(貯蓄の)不安が常に生活の中に存在していて、就職した暁には貯蓄をはじめ、マイホームだの子供の教育費だのという大出費がある度に、将来への貯蓄とのバランスを考えさせられます。一方スペインでは、将来の大病に備えて大金を貯めておく必要はありません。勿論いざというときに選択肢は広い方がいいので、自費治療を受けることも考えて貯蓄があるに越したことはないと個人的には考えていますが。実際に、日本の実父とスペインの義母がそれぞれ白内障の手術を受けましたが、手ぶらで行って手ぶらで帰ってきた義母に対し、父は三割負担で十万円弱払ったようです(手術前後の診察料や薬代等すべて含む)。これが例えば癌だったら、心臓病だったら、と想像すると、二国間の老後の医療費の負担の差は非常に大きいですね。ちなみに加入が義務でないのは医療保険のみならず、年金保険に関しても同じです。払う人と払わない人がいては制度自体が成り立たないのでは、との疑問をスペイン人にぶつけたものの、収入がなければ払えないだろう、との答え。そこは家族が協力し合って払うものだといったものの、確かに家族全員が失業していたらどうするのだろう。失業率2%そこそこの日本ではあまりありえない生活環境の家族がこちらには多く存在する事実を痛感したのでした。
上記のような理由で一見、北欧諸国の医療制度のようにまぶしく見えるスペインの公的医療制度ですが、ご存知の通り失業率の高いスペインでは税金を払う人口もダントツに少なく、制度は存続の危機に瀕しています。また、しばらく続いたPP(Partido Popular)政権の公務員削減政策により、医療従事者の職環境も悪化の一途をたどっているようです。これにより、職員の削減、そして患者の待ち時間の増大が問題となっています。つい数日前、処方箋の期限延長の為かかりつけ医へ予約を取ったのですが、夏休み明けということもあってか、最初に出てきた空き時間はその日より一週間後。マドリードはスペインの中でも比較的良い方で、たいてい翌日には予約が取れていたし、日によっては当日中の予約も取れるほどだったので今回の件は驚きでした。そして診察日当日、12時10分の予約に合わせ行ったものの、結局診察室を出たのは14時03分でした。待ち時間の長さなどにより、市民の公的医療制度への不満が募ってゆき、ゆくゆくは廃止に持ち込みたい、というのがPPの企みだったようですが、立て続けの不祥事、そして大臣や県長などの辞任劇が続き、政権交代が起こったことで、ここで一旦流れが変わるかもしれません。
続く
続く
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